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第四章 放浪の旅

旅に目的地はなかった。

目的地があれば、それは旅ではなく遠征だ。三匹が選んだのは、あてのない旅だった。

正確には。

「もう二度と、あんな悲劇を起こしたくない。」

という、形のない誓いだけを持った旅だった。

真紅の森を抜ける。

歪んだ森の紫色の霧の中を進む。

足元が黒い火山岩に変わる頃、玄武岩デルタに入っていた。

ネザーは広い。オーレックスが本で読んでいた以上に、広かった。そしてその広さの分だけ、悲劇も多かった。


最初の村に着いたのは、旅に出て三日目のことだった。

村の入口に立った時、異変はすぐに分かった。

静かすぎた。

市場があるはずの広場が、がらんとしていた。老人が一人、家の前にうずくまっていた。

「どうしたんですか。」

オーレックスが声をかける。老人は顔を上げた。目の下に深い影があった。

「盗賊団が……食料を全部持っていった……。」

「今朝も来た。明日も来る。毎日来る。」

声に感情がなかった。諦めの色が、全身を覆っていた。

「場所を教えてください。」

老人は震える手で方角を指した。

「俺に任せろ。」

スターリンが大斧を担ぎ直した。溶岩の光を受けて、刃が鈍く光る。

「お前一人で行くのか?」

「二人は見ててもいい。でも見てな。俺が盗賊ってどんな奴かって話してやるから。」

そして、スターリンは一人で歩いていった。


数十分後。

荒野の向こうから、叫び声が聞こえた。

「ひぃぃぃ!!」

「化け物だ!!」

そして。

盗賊団十五人が、一目散に逃げてきた。その後ろを、スターリンが悠々と歩いていた。大斧は肩に担いだまま。一度も振っていない。

「おい逃げんな!!格好つかねえだろ!!」

背中に向かって叫ぶ。盗賊たちは振り返りもせずに消えていった。

「……何したんだ。」

「大斧見せながら笑いかけてやった。ただそれだけ。」

「圧倒的な笑顔の前には全員逃げる。」

「それ、理論じゃなくて経験談だよね。」

ピックバーグが呆れた声で言った。

しかし、食料は戻ってきた。村人たちが倉庫の扉を開けると、中身はまだあった。子供たちが駆け寄ってくる。老人は膝をついて泣いた。

「ありがとう……。ありがとう……。」

その日の夜、三匹は村の外で焚き火を囲んだ。

「悪くないな。」

スターリンが言った。

「何が。」

「助けるのが。俺、ずっと斧使って戦うのが目的みたいな生き方してたけど。なんか今日の方がしっくりきた。」

「お前が言うと意外だな。」

「俺だって成長する。」

ピックバーグがノートに何かを書き込みながら言った。

「ということは、今日のことをまとめると。スターリンの戦略は、威圧による心理的降伏の誘導。」

「うるせえ難しい言葉で言うな。」

「笑って脅した、ってこと。」

「そうだよ!!」

オーレックスは二人の声を聞きながら、暗いネザーの空を見上げた。

父が言っていた。「いつか、お前にも分かるさ。」

少しだけ、分かった気がした。


次の村では、川を渡れなかった。

橋が崩れていたのだ。

主要な交易路の橋が落ちれば、村は孤立する。食料も、薬も、情報も。何も届かなくなる。

「どのくらい前に落ちたんですか。」

「四ヶ月前に。」

「四ヶ月……。」

ピックバーグは川の両岸を眺めた。川幅。流れの速さ。岸の地盤。全てを観察する目で見た。

「僕に考えがある。」

鞄からノートを取り出す。鉛筆が走る。

「ここをこうして……支柱はここ……荷重の分散を考えると……。」

「読めない。」

スターリンが覗き込む。

「字じゃなくて図面だから。」

「天才って字が汚いな。」

「君は黙って岩を運ぶ担当でいいよ。」


三日かかった。

スターリンが岩を運び、オーレックスが木を切り、ピックバーグが計算して指示を出した。

四日目の朝。

橋は完成した。

村人たちが渡ってみる。

揺れない。壊れない。

「ありがとう!!」

「これで市場に行ける!!」

涙を流す者もいた。

「僕はちゃんと計算が合うか確認したかっただけなんだけど。」

ピックバーグが小声でオーレックスに言った。

「ありがとうって言われるのは悪くないよね。」

「……まあ、うん。」

ピックバーグは少し赤くなった。眼鏡の奥で。


旅の中で、オーレックスは一つのことを繰り返し考えた。

「争うことより、誰かを助ける方がずっといい。」

それは当たり前のことのようで、しかしこの世界では当たり前ではなかった。だから繰り返し思った。当たり前にしたかったから。

少しずつ、三匹の噂が広まっていった。


第五章 黄金の噂

噂は、風に乗る。

「聞いたか。」

「ああ、あの話か。」

「大斧を持った大男と、変な眼鏡の学者と……。」

「金色の目をした若者だ。」

「三匹の旅人。助けてくれるらしい。」

「本当に?」

「本当に。うちの村がそうだった。」

噂の種は、三匹が通った村から村へと撒かれていった。水が低い方へ流れるように、自然と広がっていった。

「黄金の旅人」

「真紅の森の救世主」

「三匹の英雄」

呼び名は様々だったが、どれも同じ存在を指していた。

そしてその呼び名は、気が付けばオーレックスたちの元にも届くようになった。

ある村の子供が走ってきて、オーレックスに言った。

「あなたが黄金の旅人ですか!?英雄ですか!?」

目をキラキラさせながら。

「え、いや。」

「そうだよ!英雄だよ!」

スターリンが代わりに答えた。

「この子が英雄で、俺は最強の大斧使いで、そっちが天才研究家だ!」

「やめろ、恥ずかしい。」

「なんで恥ずかしいんだ、事実だろ!」

「大げさだよ、本当に。」

オーレックスは苦笑した。「僕たちは特別じゃない。ただ、目の前にある困りごとを解決しているだけだ。」

するとピックバーグが言った。

「でも、それを続けてきたのは事実だよ。」

「特別じゃないことを、毎日続けること。それが、特別なんだと思う。」

オーレックスはしばらく、その言葉を黙って考えた。

ネザーに風はないのに、何かが頬を撫でた気がした。


第六章 忘れられた砦

旅に出て八年目。

二十三歳になったオーレックスたちは、ある地図を手に入れた。

正確には「地図のようなもの」だった。古代文字で書かれた羊皮紙。ピックバーグが解読した。

「忘れられた砦の場所だ。」

「忘れられた砦?」

「伝説がある。数百年前に栄えた古代王国の、最後の城塞。誰も近づかないとされている。」

「なぜ。」

「罠が多いから。」

「……お前は喜んでるな。」

「当然。罠は文化の結晶だよ。」

「文化の結晶で俺が死にかけるのは何度目になるんだ。」

「十七回かな。」

「数えてたのか。」

こうして三匹は、「忘れられた砦」を目指した。


砦は、あった。

あった、というより、そこに「存在していた」という方が正確だった。

玄武岩の大地に、突然現れた巨大な構造物。外壁は数百年の風化を経てなお厚く、それが逆に無数の年月の重みを感じさせた。入口のアーチには、見たことのない文字が刻まれていた。

「……なんて書いてある?」

「解読中。」

「この雰囲気、なんか好きだな。」

スターリンが言った。「こういう廃墟、なんかワクワクする。」

「入っても大丈夫か?」

「多分。」

「多分?」

「確率的に。」

「曖昧すぎる。」

スターリンは迷わず中へ入った。

「待って!罠の確認が終わってない!」

ピックバーグが叫ぶ。

カチッ。

「え?」

石の床の一部が沈む感触。

「スターリン!!」

ガラガラガラガラ!!

床が崩れた。

「ぎゃああああああ!!」

重力に引かれて、スターリンが消えた。

静寂。

「……また。」

ピックバーグは眼鏡の奥で目を閉じた。

「また!!」

穴の下から、スターリンの声が響いた。

「生きてたか。」

「今度は何メートル落ちた?」

「五メートルくらい!!床、柔らかかった!!」

「それは不幸中の幸いだね。」

「待ってろ、縄を投げる。」

こうして、何十もの罠をくぐり抜け、三匹は砦の最深部へ進んだ。罠に引っかかるたびにスターリンが叫び、ピックバーグが呆れ、オーレックスが助けた。それでも三匹は前に進んだ。


最深部は、静かだった。

外の通路の複雑な罠が嘘のように、広い空間が広がっていた。

天井は高く、どこかから光が差し込んでいた。溶岩の光ではない。何か別の、金色がかった光だった。

部屋の中央に、

巨大な祭壇があった。

黒光りする石材で作られた、荘厳な台座。

そして。

その中央に。

一つの冠が、静かに置かれていた。

黄金の冠。

誰も近づいていないはずなのに、埃一つ積もっていなかった。まるで、今日置かれたばかりのように。

「……。」

誰も声を出せなかった。三匹は、しばらくそこに立ち尽くしていた。ただ見ていた。

「なんだ……あれ。」

スターリンが、珍しく小声で言った。

ピックバーグは祭壇の周囲の壁へ歩いていった。古代文字が刻まれている。指でなぞる。読む。

「まさか……。」

声が震えた。

「どういうこと?」

オーレックスが尋ねる。

ピックバーグは振り返った。眼鏡の奥の目が、いつもとは違う光を帯びていた。

「古文書によれば。」

声を整えながら、ゆっくりと読み上げる。

『真に民を想う者現れし時。』

『黄金の冠は再び輝く。』

『その者は争いを終わらせ、王国を築くだろう。』

「……。」

静寂が、部屋を満たした。

「王様の冠ってことか?」

スターリンが言った。「伝説のものが、本当にあったわけだ。」

「そんな馬鹿な。」

オーレックスは笑おうとした。しかし、笑えなかった。

「僕が王様?ありえないよ。この旅は、誰かを支配したくてしてきたんじゃない。ただ、みんなに普通に生きてほしくて。だから旅してきたんだ。」

しかし。

足が、動いた。

意思とは別に、まるで冠の方から引き寄せられるように。

一歩。

また一歩。

「オーレックス?」

スターリンの声が、遠く聞こえた。

祭壇の前に立った。冠を見る。近くで見ると、細かい装飾が施されていた。刻まれた模様が、旅で見てきた無数の村の紋章に似ていた。

「……。」

右手を伸ばした。

そっと。

指先が、冠の縁に触れた。

その瞬間。

ゴオオオオオオオ!!!

世界が変わった。

光だった。冠から、床から、壁から、天井から。全てが黄金色の光を放ち始めた。

「なっ!?」

「うおおおおお!?」

スターリンが飛び上がる。

「遺跡全体が反応してる!!これは……!!」

ピックバーグの声が、光の中で揺れた。

光の中で、オーレックスは一人だった。

否、一人ではなかった。

声があった。目に見えない何かが、真っ直ぐに語りかけてくる。

『力によって支配するな。』

『知恵によって導け。』

『民を守る者こそ、王となる。』

そして。

『黄金とは、富ではない。』

『希望そのものである。』

声が消えた。光が消えた。ゆっくりと、部屋は元の薄暗さに戻った。

冠は、オーレックスの手の中にあった。

静寂。

「……お前。光ってたぞ。」

スターリンが呟いた。「体全体が。光の柱みたいに。」

ピックバーグは祭壇の文字を読み返しながら言った。

「間違いない。これが、伝説の冠だ。そして……。」

二人はオーレックスを見た。

オーレックスは冠を見つめていた。手の中の冠を。

軽かった。素材が金なのに、不思議なほど軽かった。

「お前……王になる者なんじゃないか?」

「いや、君は……。」

オーレックスは静かに首を振った。

「違う。」

「僕は王になりたいわけじゃない。」

「ただ。」

「もう誰にも悲しい思いをしてほしくない。」

「それだけだ。」

その言葉を聞き、ピックバーグは静かに微笑んだ。

「だからこそ。」

「君は王になれるんだ。」

スターリンは何も言わなかった。ただ腕を組んで、天井を仰いだ。

目の端が、少し赤かった。

運命という言葉は好きではなかった。

しかし。

確かに、何かが動いた。この瞬間、確かに何かが動いた。

こうして。

歯車は静かに、回り始めた。

Long live the Piglin King!