第六章 王妃
王国歴十五年。
春。
王都 GOLDEN BASTION。
噴水広場。
「今日はありがとうございました。」
リリアは微笑んだ。
「こちらこそ。」
「楽しかった。」
「ふふ。」
「レックスさんって、本当に優しいですね。」
「そうかな。」
「はい。」
「すごく。」
夕焼けの中。
二人はゆっくり歩いていた。噴水の音が、二人の足音に静かに重なっていた。
そして。
リリアは小さく笑った。
「でも。」
「やっぱり。」
「王様ですよね?」
「……え?」
オーレックスは固まった。一瞬、世界の音が消えたような気がした。
「なんで!?」
「ふふふ。」
「やっぱり。」
「図星なんですね。」
「いや。」
「その。」
「えっと……。」
珍しく慌てる黄金王。エンダードラゴンの咆哮にも、皇帝の剣にも動じなかった男が、たった一言で、すっかり言葉を失っていた。
リリアは思わず吹き出した。
「そんなに慌てなくても。」
「最初から知ってました。」
「え?」
「だって。」
「王国のみんなが大好きな王様ですもの。」
「知らないわけありません。」
オーレックスは目を丸くした。
「怒らないの?」
「どうして?」
「騙してた。」
「違います。」
リリアは優しく首を振った。
「レックスさんも。」
「オーレックスさんも。」
「どっちも同じ人です。」
「私は。」
「どちらも好きですよ。」
「……。」
その瞬間。
オーレックスの心は、戦争に勝った時よりも、大きく揺れていた。剣と剣がぶつかった衝撃よりも、ずっと深いところで、何かが静かに鳴っていた。
夕焼けの色が、いつまでも、二人の間にとどまっているような気がした。
第七章 王宮の招待
数日後。
「えぇぇぇぇ!?」
スターリンの叫び声が響いた。窓硝子が、わずかに震えたほどだった。
「バレてたのか!?」
「最初から。」
ピックバーグは笑いをこらえていた。
「だから言っただろう。」
「分かりやすすぎるって。」
「恥ずかしい……。」
オーレックスは机に突っ伏した。
「大丈夫だって!」
スターリンは豪快に笑う。
「むしろ最高じゃねぇか!」
「そうかな。」
「そうだ!」
「早く王宮に呼べ!」
「え?」
「いや。」
「まだ早いよ。」
「遅い!」
「お前二十五歳だぞ!」
「うっ。」
「図星。」
ピックバーグはため息をついた。
「君たち。」
「もう少し静かにできない?」
その言葉は、いつものように、誰にも届かなかった。
そして。
数日後。
「すごい……。」
リリアは王宮を見上げていた。黄金の塔が、夕暮れ前の光を浴びて、淡く輝いていた。
「本当に来ちゃった。」
「緊張する?」
「少し。」
「大丈夫。」
「みんな優しいから。」
王宮の扉が開く。
「待ってたぞ!」
スターリンが飛び出してきた。勢いのまま、危うくリリアにぶつかりそうになった。
「うわっ!」
「俺はスターリン!」
「スターリンおじ……じゃなくてスターリンだ!」
「は、はい!」
「リリア・フローレンスです。」
「よろしくお願いします!」
「いい子だ!」
「気に入った!」
「まだ何も話してないよ!?」
オーレックスは慌てた。
「ふふふ。」
リリアは笑った。緊張していたはずの顔から、いつの間にか強張りが消えていた。
その後ろから、ピックバーグが現れる。
「初めまして。」
「ピックバーグです。」
「話は聞いてるよ。」
「王様をよろしく。」
「は、はい。」
「こちらこそ。」
四人は笑顔になった。長い回廊に、温かな笑い声が響いた。
第八章 プロポーズ
王国歴十六年。
一年が過ぎた。
春。
王宮の庭園。
初めて花をもらった場所。
あの日、無邪気な少女から一輪の花を受け取った、同じ場所だった。グロウベリーの蔓は、今日も変わらず、淡い光の粒を実らせていた。
夕日。
優しい風。
オーレックスは緊張していた。
「大丈夫。」
「戦争より簡単。」
スターリンが親指を立てる。
「全然簡単じゃない!」
「君。」
「エンダードラゴンより緊張してるね。」
ピックバーグは苦笑した。
「うぅ……。」
「怖い……。」
「頑張れ!」
「陛下!」
「行ってこい!」
二人に背中を押されるように、オーレックスは庭園の中央へ歩いていった。その背中は、初めてあの冠に手を伸ばした日の背中と、どこか似ていた。
「オーレックスさん?」
庭園にやってきたリリア。
オーレックスは深呼吸した。
「リリア。」
「はい。」
「君といると。」
「毎日が楽しい。」
「うん。」
「辛い時も。」
「悲しい時も。」
「君がいてくれた。」
「……。」
「だから。」
「これから先も。」
「ずっと。」
「一緒に笑ってくれる?」
「僕と。」
「家族になってくれる?」
静寂。
風のないネザーで、それでも何かが、確かに頬を撫でた。
そして。
リリアの目から涙がこぼれた。
「……はい。」
「喜んで。」
「はい!」
夕日に照らされながら、二人は抱き合った。
その様子を遠くから見ていたスターリンは、大泣きしていた。
「うわぁぁぁん!」
「よかったなぁ!」
「静かに。」
ピックバーグも、少しだけ涙ぐんでいた。眼鏡を外し、こっそりと目元を拭った。
第九章 新しい物語
王国歴十七年。
王都 GOLDEN BASTION。
数百万の民が集まる。
王立神殿。
黄金の鐘。
花びら。
祝福。
鐘の音が、王都の隅々まで響き渡った。市場の店主も、橋を架けた村の住人も、誰もが手を止めて、その音に耳を澄ませた。
「おめでとう!」
「万歳!」
「黄金王陛下万歳!」
そして。
王立書記官が宣言した。
「ここに!」
「リリア・フローレンス!」
「王妃として迎えられることを宣言する!」
歓声。
拍手。
笑顔。
花びらが、風もないはずの空に、ゆっくりと舞い上がり、また落ちていった。まるで、王都そのものが祝福の息を吐いているようだった。
こうして。
リリア・ゴールドタスク。
PIGLIN KINGDOM初代王妃が誕生した。
そして。
黄金王と王妃の新しい物語が、静かに始まろうとしていた。