第十章 新しい家族
王国歴十九年。
PIGLIN KINGDOMは、かつてないほどの平和を迎えていた。
市場には笑顔があふれ、子供たちは走り回り、王都 GOLDEN BASTIONには、毎日楽しそうな声が響いていた。
そして。
王宮では。
「陛下!」
「王妃様!」
「おめでとうございます!」
歓声と拍手。
「男の子ですよ!」
「元気な王子様です!」
オーレックスは目を丸くした。
「……。」
「本当に?」
「はい。」
「とっても元気です!」
「リリア!」
王妃のもとへ駆け寄る黄金王。
リリアは少し疲れていたが、優しく微笑んでいた。額には、まだ汗が滲んでいた。それでも、その表情には、戦のあとの兵士の顔とはまったく違う、満ち足りた静けさがあった。
「オーレックスさん。」
「見てください。」
「……。」
小さな命。
小さな手。
その手は、まだ何も知らない。剣を握ったこともなく、冠の重さも知らない。ただ、柔らかく、確かに、そこに在った。
「かわいい。」
オーレックスの目から、自然と涙がこぼれた。鍛冶屋の手の記憶が、不意に胸の中で重なった。あの大きく硬い、しかし優しかった父の手。今、自分の腕の中にあるのは、まだあんなに小さな手だった。いつか、この手も、誰かを守るために伸びていくのだろうか。
「ありがとう。」
「リリア。」
「ありがとう。」
「ふふ。」
「パパになりましたね。」
こうして。
第一王子。
Aurel Goldtusk。
アウレル・ゴールドタスクが誕生した。
第十一章 大騒ぎの王宮
数年後。
「スターリンおじちゃーん!」
「おう!」
「今日は何して遊ぶ!」
「剣術!」
「駄目です。」
ピックバーグが即座に止めた。
「遊びです。」
「えー。」
「つまんない!」
「駄目。」
「子供用の木の剣。」
「それならよし!」
「やったー!」
スターリンは完全に遊び相手になっていた。あの大斧で何万もの兵を打ち倒した将軍が、今は木の剣を片手に、満面の笑みで庭園を駆け回っている。誰がその姿を見ても、戦記の英雄だとは信じないだろう。
「行くぞ!」
「うおおお!」
「待て待てー!」
庭園中を走り回る二人。
「君は子供なの?」
ピックバーグは呆れていた。
「心は少年だからな!」
「威張ることじゃない。」
そして。
「おぎゃあ!」
「おぎゃあ!」
「また泣いてる!」
数年前に生まれた第二王女。
Flora Goldtusk。
フローラ・ゴールドタスク。
その泣き声は、玉座の間まで響くほど、力強かった。
「大変!」
「ミルク!」
「毛布!」
王宮中が大騒ぎ。侍女たちが走り回り、扉が次々と開閉する音が、まるで小さな攻防戦のように響いた。
「はっはっは!」
「戦争より忙しいな!」
スターリンは大笑いした。
「本当だね。」
オーレックスも笑う。
リリアも笑う。
ピックバーグも、珍しく優しく微笑んでいた。記録ばかりを好んだ研究者の顔が、今は、ただの「おじさん」の顔になっていた。
平和。
それは、こういうものなのかもしれない。
数万の兵が雷鳴のように轟いた戦場の記憶と、赤ん坊の泣き声で揺れる王宮。そのどちらも、同じ一人の男が見てきた光景だった。だからこそ、今この瞬間の騒がしさが、何よりも尊く思えた。
第十二章 黄金時代
王国歴二十五年。
PIGLIN KINGDOMは、最大の繁栄を迎えていた。
王立大学。
王立博物館。
巨大鉄道網。
海軍基地。
新しい町。
人々の笑顔。
蒸気を上げて走る鉄道の音が、玄武岩デルタの果てまで響いていた。博物館には、忘れられた砦から発見された古代の品々が、丁寧に並べられていた。大学の講堂では、若い学者たちが、ピックバーグの著した古文書の解読書を読みながら、夜遅くまで議論を続けていた。
歴史家たちは、後にこの時代をこう呼ぶ。
「黄金時代」
と。
そして。
人々は、こう語り継いだ。
「KING PIGLIN Iの時代は幸せだった。」
「誰もが笑っていた。」
「優しい王様だった。」
「素晴らしい時代だった。」
噴水広場には、今も子供たちが集まり、本を片手に座り込んでいる姿が見られた。その光景は、誰に教えられたわけでもなく、ただ自然に、王都の風景の一部になっていた。
第十三章 星空の下で
夜。
王宮の庭園。
久しぶりに、三人が集まっていた。
スターリン。
ピックバーグ。
そして。
Aurex Goldtusk。
紫色がかった星々が、ネザーの天井の隙間から、わずかに覗いていた。それは、エンドの空に似ているようで、どこか違う、静かな光だった。
「平和だなぁ。」
スターリンは寝転がる。草の感触が、昔と変わらず、少し痒かった。
「平和だね。」
ピックバーグも空を見上げる。
「ここまで来るとは思わなかった。」
オーレックスは笑った。
「旅してた頃は。」
「まさか王様になるなんて。」
「俺も。」
「まさか英雄になるとは思わなかった。」
「僕も。」
「まさか友達ができるとは思わなかった。」
三人は笑った。あの真紅の森が燃えた夜から、ずいぶん長い旅をしてきた。村を救い、橋を架け、冠を見つけ、戦争を終わらせ、そして今、ただ星を見上げて笑い合っている。
昔と変わらない。
何一つ変わらない。
ただ。
みんな少し年を取った。
それだけだった。
終章
翌朝。
「パパ!」
「見て見て!」
アウレルが駆け寄ってくる。木の剣を、誇らしげに掲げていた。
「どうした?」
「剣の練習!」
「スターリンおじちゃんに教わった!」
「こら!」
「危ないこと教えない!」
リリアは笑う。
「はっはっは!」
スターリンは逃げる。
「待ちなさい!」
「助けてくれ!」
「知らないよ。」
ピックバーグは本を読んでいる。視線だけを、ちらりとそちらへ向けて、また紙面に戻した。
そして。
オーレックスは、そんなみんなを見て、静かに微笑んだ。
朝の光が、庭園のグロウベリーを淡く照らしていた。あの日、小さな女の子から花を一輪受け取った場所も、リリアにプロポーズをした場所も、今はこうして、笑い声に包まれている。
「幸せだな。」
それ以上の言葉は、必要なかった。
英雄。
王。
伝説。
そんな肩書きよりも。
家族。
仲間。
笑顔。
それこそが、彼が守りたかったものだった。
しかし。
時は止まらない。
子供たちは成長し。
英雄たちは老いていく。
いつか。
別れの日は訪れる。
それでも。
共に笑い。
共に泣き。
共に歩んだ日々は、決して消えない。
その物語は。
もうすぐ、静かに幕を下ろそうとしていた。
PIGLIN KING
第五巻 王家の物語
完