PIGLIN KING
第二巻 黒曜石戦争
第一章 黄金時代
王国歴十二年。
平和は、拍子抜けするほど静かだった。
静かなわけではない。
ただ、戦のない日々があまりに長く続いたせいで、誰もが「これが当たり前なのだ」と思い込むようになっていた。
PIGLIN KINGDOMはかつてない繁栄を迎えていた。
崩れた砦は、一つ残らず修復された。石を積み直す音が、かつて炎に焼かれた村々に響いた。
寸断されていた交易路は、隅々まで整備された。荷馬車の列が、玄武岩デルタを縫うように行き来した。
戦乱の記憶は、もう遠い昔話になっていた。子供たちは、戦争を知らずに育っていた。
王都 GOLDEN BASTION。
その名は、伝説の冠から取られた。黄金の砦。希望の砦。
今日も市場には笑い声があふれていた。
肉を焼く匂い。
鉄を打つ音――鍛冶屋の槌が、規則正しく石畳に響いていた。その音を聞くたびに、オーレックスは、ふと父の手を思い出すことがあった。鉄のように硬く、しかし優しかった、あの手を。
「平和ってのはいいもんだな!!」
スターリンは巨大な肉の塊を頬張りながら、満足げに笑った。
頬には、肉汁が垂れていた。
「君は食べてばかりだね。」
ピックバーグは苦笑しながら、羊皮紙をめくった。彼は今、王立図書館の館長を任されていた。眼鏡の奥の目は、変わらず、何かを観察し続けていた。
「だって美味いんだもん。」
「将軍がそんなことで満足していいのか。」
「将軍だからこそ満足するんだよ。腹が減ってちゃ斧も振れねえ。」
二人のやりとりは、何年経っても変わらなかった。それが、オーレックスにとってはどこか、安心できる風景だった。
王座の間。
KING PIGLIN I――
Aurex Goldtuskは、積み上げられた報告書に目を通していた。
豊作の報告。橋の修繕完了の報告。新しい学校が開かれたという報告。
どれも、いい報告だった。
「悪いことがないっていうのは、変な感じだな。」
そう呟いた瞬間だった。
「陛下!」
王立情報局の兵士が、息を切らして飛び込んできた。顔は青く、声は震えていた。
「大変です!」
「北方要塞との通信が途絶しました!」
その一言で。
市場のざわめきが、遠い世界の出来事のように感じられた。
報告書の上で、オーレックスの手が止まった。
第二章 消えた調査隊
「通信が途絶した、というのは。」
オーレックスは静かに尋ねた。声に動揺は見せなかった。王として、それだけは身につけていた。
「定期連絡が、三日前から届いておりません。伝令鳥も戻ってきません。」
「事故の可能性は?」
「分かりません。だからこそ、調査隊を送りました。」
その調査隊も。
戻ってこなかった。
数日後。
「第二調査隊も消息を絶ちました。」
その報告を聞いた瞬間、会議室の空気が変わった。
「おかしい。」
ピックバーグは地図に屈み込んだ。蝋燭の灯りが、彼の眼鏡に細かく反射していた。北方要塞を示す印に、指を這わせる。
「二つの要塞が、同時に黙る。事故なら、こうはならない。」
「盗賊か?」
スターリンが腕を組んだ。
「盗賊なら、もっと雑な痕跡を残す。略奪、悲鳴、火の手。何かが残る。」
「何も残らない、ということは。」
ピックバーグは顔を上げた。
「何かが、何も残さないように消した、ということだ。」
部屋に、沈黙が落ちた。
オーレックスは、地図の北方要塞をじっと見つめていた。
あの夜のことを、思い出さずにいられなかった。真紅の森が燃えた夜。あの時も、前触れはあった。旅商人が減り、難民が増え、父の表情が硬くなった。そして、気づいた時には、全てが燃えていた。
「もっと嫌な予感がする。」
オーレックスは静かに言った。
「気づくのが、遅すぎたことが、前にもあった。」
スターリンとピックバーグは、何も言わなかった。
ただ、二人とも、同じ夜を覚えていた。
「親衛隊を率いる。」
オーレックスは立ち上がった。
「僕が、直接見に行く。」
「陛下、それは――」
「危険は分かってる。」
オーレックスは、王座の間の窓から、暗いネザーの空を見た。
「でも、今度こそ、見過ごしたくない。」
その言葉に、誰も反論できなかった。
第三章 黒曜石の塔
北方要塞へ続く道は、長く、静かだった。
静かすぎた。
普段なら、行商人の荷馬車の音や、警備兵の掛け声が、遠くから聞こえてくるはずだった。
何も、聞こえなかった。
要塞が見えてきた時、三人は同時に足を止めた。
そこにあったのは、静寂だった。
兵士もいない。
住民もいない。
誰一人、いない。
門は、開いたままだった。風もないネザーで、それでも何かが、わずかに動いた気がした。
「なんだ……ここ。」
スターリンの声が、いつもより低かった。大斧の柄を握る手に、力が入っていた。
兵舎の中を覗くと、食事の皿が、そのまま残されていた。冷えた肉。手をつけられていないパン。誰かが食べようとした瞬間に、消えたかのように。
「まるで……。」
ピックバーグが囁いた。
「誰かが、時間そのものを止めて、人だけを抜き取ったみたいだ。」
その時。
要塞の中央に、それが見えた。
「……記録に存在しない。」
巨大な黒曜石の塔。
そこにあるはずのない構造物が、まるで最初からそこにあったかのように、静かに、傲然と聳えていた。
表面には、紫色の光が、まるで脈打つように、ゆっくりと走っていた。心臓の鼓動のように。
「こんな建物……。」
「分かってる。」
オーレックスは塔を見上げた。
その時。
ギィィィ……
空間が、裂けた。
音もなく。
ただ、そこにあった空気が、紫色の裂け目に変わった。
裂け目の向こうから、漆黒の影が、ゆっくりと滲み出てきた。
「……人?」
否。
人ではなかった。
紫色に光る目。
異様に長い手足。
漆黒の身体。
「エンダーマンだ!」
兵士たちが叫んだ。
しかし、それは、誰も見たことのないエンダーマンだった。
黒曜石の鎧をまとい、隊列を組み、一体一体が、明確な意志を持って、こちらを見ていた。
「侵入者。」
声が、不気味に、空間そのものから響いた。
「排除する。」
そして、戦いが始まった。
剣と剣がぶつかる音。
転移する影。
紫色の閃光。
スターリンの大斧が、空気を切り裂く。
「うおおおおお!!」
一体を吹き飛ばす。だが、すぐに次の一体が、瞬きの間に背後へ転移していた。
「後ろ!!」
ピックバーグの声に、オーレックスが振り返り、剣を一閃させる。
父から叩き込まれた剣術。骨の髄まで染み込んだ、あの動き。今、この瞬間も、それが彼を守っていた。
激戦は、長く続いた。
それでも。
三人と親衛隊は、敵を退けた。
しかし。
戦いの後に残ったのは、勝利の喜びではなかった。
第四章 黒曜石帝国
敵兵が消えた跡には、奇妙な紋章を刻んだ鎧の残骸が落ちていた。
黒曜石と、紫色の目。
そして、見たことのない古代文字。
ピックバーグは、それを拾い上げ、月明かりもないネザーの空の下で、じっと見つめた。
顔色が、変わっていく。
「まさか……。」
「そんな……。」
「知っているのか?」
スターリンが尋ねた。
ピックバーグはゆっくりと答えた。声が、震えていた。
「古文書の伝説だ。」
「エンドの民。」
「黒曜石帝国。」
「数千年前に滅んだとされる、文明……。」
その文字は、かつて忘れられた砦で見た古代ヴォールト文明の文字とは、まったく異質だった。あの文明は、罠と知恵で遺跡を守っていた。これは違う。これは、もっと冷たく、もっと、組織化されたものの匂いがした。
「でも。」
「もし本当に存在するなら。」
「これは戦争になる。」
その瞬間。
遠くの空が、紫色に染まった。
数え切れないほどの転移門が、地平線の端から端まで、まるで星が降るように、次々と開いていった。
その向こうから。
無数の黒い影が、姿を現した。
軍隊だった。
統率された、巨大な軍隊だった。
「全軍!」
「戦闘準備!」
声が、要塞中に響いた。
オーレックスは、紫色に染まった空を見上げた。
遠い昔のあの夜、真紅の森を染めた炎の色とは違う。だが、何かが、同じだった。
平和な日々が、また終わろうとしている。その予感だけが、確かにあった。
こうして。
後に
『黒曜石戦争』
と呼ばれる戦いが、始まった。